2012年にミス日本コンテストでグランプリを獲得し、モデルとして活躍している新井貴子。2022年1月にはラグビーの日本代表にも選ばれている稲垣啓太選手と結婚し、話題になりました。今回この記事では、稲垣啓太と新井貴子の馴れ初めや、新井貴子の国籍などについて解説していきます。
稲垣啓太と新井貴子の馴れ初め
ラグビー日本代表で「笑わない男」として世間から注目を集めた稲垣啓太。新井貴子の馴れ初めはどのような流れだったのでしょうか。過去のインタビューの内容から2人の馴れ初めについて紹介します。
テレビ中継を見て稲垣啓太に興味を持つ
2019年の新井貴子がニューヨークに住んでいた頃、台風の影響で外に出られない時にホテルのテレビでラグビーワールドカップの中継を見ていたそうです。この試合は、稲垣啓太が日本代表として初めてトライを決めた記念すべき試合でしたが、ヒーローインタビューで稲垣啓太は自身の喜びよりも先に台風の被害に遭われた人への想いを語っていました。
このインタビューを見た新井貴子は、「人として素晴らしい」と稲垣啓太の人柄に魅かれ興味を持ったそうです。
初対面でお互いに一目惚れ
2人が初めて出会ったのは、お店で会うのが状況的に難しかったことから車の中だったことを明かしています。出会ったきっかけについては言及していないため不明ですが、おそらく共通の知人に紹介してもらった可能性が高いでしょう。
新井貴子は稲垣啓太の第一印象を「体格も良かったので、いい匂いのする壁」や「この人と結婚する」と思っており、対する稲垣啓太も新井貴子のことを「超タイプ」と直感。お互いに一目惚れだったことを明かしています。
2人は4時間以上ぶっ通しで話し合えるほど相性も良く、交際が始まります。
数年間の交際を経て結婚
2022年1月26日、新井貴子と稲垣啓太は自身のSNSアカウントで結婚を報告します。
稲垣啓太は「妻を守りながら闘いに行く」覚悟を報告。対する新井貴子は稲垣啓太の印象を「温かくて優しさに溢れた人」「ユーモアな一面があり何気ないことで笑い合える日常を作ってくれる」ことを報告しています。
2026年3月現在、2人の間に子供が産まれたという報道はありません。ラグビー選手やモデルとして活躍しつつ、共同でファッションブランドの立ち上げもしているので、2人の生活が落ち着いた頃に子供について考える可能性もあるでしょう。
新井貴子の国籍は?
新井貴子について「日本国籍でない」という噂が広まっているようです。結論から言うと、新井貴子は「日本国籍の韓国人とのハーフ」です。
父親である新井宏昌が在日韓国人で、1991年に帰化しています。母親は日本人なので、新井貴子は日本人と韓国人のハーフで間違いないでしょう。
父親の新井宏昌とは
新井貴子の父親である新井宏昌は、日本の元プロ野球選手です。1992年の40歳の時に現役選手を引退し、選手時代は2000安打と300犠打を記録。通算本塁打は88本で、本塁打100本未達の2000安打達成者として当時は話題になりました。
新井宏昌は現役選手引退後、野球解説者や評論家として活躍。1994年に仰木彬に誘われオリックス・ブルーウェーブの一軍打撃コーチに就任します。その後は指導者として活躍し、2007年には福岡ソフトバンクホークス、2012年には広島東洋カープの一軍打撃コーチに就任しています。
夫・稲垣啓太の経歴
稲垣啓太とは日本代表を務めたこともあるラグビーユニオン(15人制ラグビー)の選手です。日本のラグビーユニオンにおける社会人チームの最高位競技会リーグワンの埼玉パナソニックワイルドナイツに所属しています。ポジションはブロックです。
チームメイトからのニックネームは「ガッキー」です。メディアでは「笑わない男」や「オシャレ番長」とも呼ばれています。
幼少期
1990年6月2日、新潟県新津市(現:新潟市秋葉区)で3兄弟の末っ子として生まれた稲垣啓太。小学校時代で既に体重は100キロを超えており、小学校と中学校では野球部に所属し捕手として活躍していました。
高校生の兄がラグビーを始め、兄とパスしたことがきっかけで14歳から新潟市ジュニアラグビースクールに通いラグビーを始めます。
高校から大学とラグビー部で活躍
新潟工業高校のラグビー部として活躍していた稲垣啓太は、高校日本代表に選ばれ第32回高校東西対抗試合の参加メンバーに選出されています。
高校卒業後は、関東大学ラグビーリーグ戦グループ1部に所属している関東学院大学へ進学。2012年には主将に就任しています。
プロとして活躍
2013年、関東学院大学卒業後にパナソニックワイルドナイツにプロ選手として加入。8月31日に公式戦初出場を果たすと、同年度シーズンの新人賞に堀江恭佑と共に選ばれます。
2015年と2019年に開催されたラグビーワールドカップで日本代表として出場。2019年では全5試合に出場し、スコットランド戦では勝ち越しとなるトライを決めるなど日本代表初の決勝トーナメント進出に貢献しました。
新井貴子の経歴
新井貴子とは、モデル事務所Doonaに所属している日本のファッションモデルです。結婚後は稲垣貴子として活動しています。
大学時代よりフライングディスクの団体競技であるアルティメットを始めており、2010年には「全日本大学アルティメット選手権大会」で準優勝に輝くなど、第一線で活躍しています。
生い立ち
1990年12月8日、日本の大阪府で3人姉妹の末っ子として生まれた新井貴子。中学校と高校の6年間はバレーボールに打ち込み、大学でアルティメットを始めます。
モデル活動を始める
新井貴子は大学までスポーツをしていたが、20歳の頃に母親を亡くしたことがきっかけで、打ちこんできたことに力が入らなくなります。そのような状況の時、ミス日本ミス着物受賞者である長女の姉に「モデルをやってみたら」と提案されてモデルの世界に入ります。
2012年にはミス日本グランプリを受賞し、前夜祭では歴代のミス日本が選ぶ特別賞「ザ・ブリリアント賞」も受賞していたことからダブル受賞として話題になりました。
2014年よりシンガポールでもモデルを始め、パリ・コレクションやモデル雑誌など世界を舞台に活躍中です。
まとめ
今回は、稲垣啓太と新井貴子の馴れ初めや、新井貴子の国籍について解説しました。
2人の馴れ初めは、ニューヨークのホテルでラグビー中継を見た新井貴子が稲垣啓太に興味を持ち、その後初対面でお互い一目惚れで意気投合したことがきっかけです。
新井貴子の国籍については、日本で生まれた日本人です。父親が韓国の帰化人で、母親が日本人であることから韓国と日本のハーフではあります。
稲垣啓太と新井貴子は、本業であるラグビーとモデルとして活躍しながら一緒にファッションブランドも立ち上げています。今後どのような活躍を見せるのか、2人の活動に注目です。










