新宿歌舞伎町で数々の金字塔を打ち立て「ホスト界の帝王」と呼ばれていたローランドさん。ホストから実業家に転身した桑田龍征さんが離婚後に桑田龍征 嫁や子供の有無を注目されたように、たびたびローランドさんも話題の中心になっています。2019年にはローランドさんの名言の数々を体験できる展覧会が開催されて約10万人の動員を記録。唯一無二とも呼べる独特の感性と言語表現が広く知られるようになりました。そこで今回はローランドさんの名言をまとめて紹介すると共に、整形箇所や意外な生い立ちなどを解説します。
ローランドの名言まとめ
ローランドさんはアレン様 名言と同じく独特の表現を自然に使い、多くの人に影響を与えています。それではローランドさんが生み出してきた名言の数々を確認しましょう。
「俺か俺以外か」
「世の中には2種類の男しかいない、俺か俺以外か」こちらはローランドさんの人生観を代表する名言の1つです。ローランドさんは若い頃から唯一無二の存在でありたいと願って邁進していました。その道のりは決して平たんではなく苦難の連続でしたが、どれだけの犠牲を払ったとしても、そのた大勢にカテゴライズされる人間になりたくなかったのです。その強い信念に基づく選択と歩んできた人生に揺るぎない自信と誇りを抱いているからこそ「俺か俺以外か」という名言が生まれたのでしょう。
「旅行が楽しいのは帰る家があるから」
「『旅行が楽しいのは帰る家があるから』って言葉、忘れないでね」こちらは「不倫して帰ってきた夫に刺さる一言を教えてください」というSNSでの匿名質問に対してローランドさんが返した名言です。不倫が白日の下にさらされると帰る家を失うだけでなく、これまでの平穏な日常までもが一気に崩れ去ってしまうという深い意味が込められています。この不倫に対するローランドさんの名言には納得する人が続出し、絶賛のコメントが数多く寄せられました。
「全員が間違っていると証明してやる」
(出典元:THE ROLAND SHOW【公式】)
「100人中100人が出来ないと言ってきたら100人全員が間違っていると証明してやる」こちらは2020年に開催された専門学校の卒業式にローランドさんがゲストとして登場し、卒業生に送った名言です。ローランドさんはホストの仕事を始めた時に「ホスト界を覆す前例のない帝王になりたい」と目標を揚げたところ、周囲から「馬鹿げている」と言われました。それでも自分の考えが正しいことを必ず証明してやると思って仕事を続けた結果、成功をおさめたのです。その人生観が名言に色濃く反映されています。
「雲の上に行く努力をしよう」
「やまない雨がないと思うぐらいなら雲の上に行く努力をしよう」こちらも先述の卒業式でローランドさんが口にした名言です。励ましの言葉として使われている「やまない雨はない」をローランドさん流にアレンジしており、ただ時間の経過を待つよりも自ら行動するべきという意味が込められています。ローランドさんは名言と共に「雲の上に行けば必然的に晴れている」「前向きに考えて努力しよう」といった趣旨のメッセージも送り、卒業式に華を添えました。
ローランドの整形箇所はどこ?
元々ローランドさんはスポーツ青年らしい顔立ちだったために、なかなかホストとして人気が出ませんでした。そのような中RPG「FF7」の主人公であるクラウドのようにカッコよくなりたいと思い、整形しました。整形箇所および内容は以下の通りです。
| 整形箇所 | 整形の内容 |
| 鼻 | 小鼻の縮小、立体的な美しい鼻筋の実現など |
| 目 | 一重まぶたを二重まぶたに、涙袋の形成 |
| 口元 | 鼻と上唇の間隔の短縮 |
| 歯 | すべての歯をセラミックに変えて矯正 |
| 顔の輪郭 | エラ削り |
以上、総額1000万円以上の整形によってローランドさんは王子様らしい見た目を手に入れています。
ローランドの意外な生い立ちと経歴
1992年に東京都八王子市で誕生したローランドさん。アニメソング歌手ユニット・JAM Projectで演奏していたプロのギタリスト・松尾洋一さんが父親です。父親の仕事の関係上、幼い頃からアニメ文化に触れるだけでなく、JAM Projectの初期メンバーの1人である声優の松本梨香さんと付き合いがありました。アニメ鑑賞の趣味を持つ一方、足が速く運動神経ばつぐんでした。そのため小学校に入学してからはサッカーに夢中になり、練習がない時でも公園でボールを蹴ってトレーニングに励んでいました。
サッカーに青春をかけた小中高
(出典元:鈴木啓太/Keita Suzuki)
小学生・中学生時代のローランドさんは地元で「サッカーの天才」「将来プロになれる」と言われ、サッカーの才能に自信を持っていました。現実の厳しさを思い知らされたのは帝京高校にサッカー特待生として進学して間もなく。サッカー部の練習に全力で参加していたものの公式戦に一度も出場できず、レギュラーになれませんでした。さらにブラジル遠征の際に同い年のネイマールさんとの格の違いを目の当たりにし、サッカー選手の道を断念したのです。
大学を中退してホスト界へ
高校卒業後は帝京大学への進学が決まっていましたが入学式の直後に中退。歌舞伎町ならば人生の一発逆転に成功できるのではないかと思い、弱冠18歳でホストになり“東城誠”という源氏名を使っていました。しかしそれまで女性との交流よりもサッカーを生きがいとしていたため、接客では苦労の連続でした。約1年間の下積み時代には1カ月あたりの給料が約10万円で、貧しい生活を送っていました。家賃6万3000円ほどの古いアパートに住み、ドンキホーテでセール品として売られていた約7000円のママチャリが愛車でした。
貧乏生活からの脱却
(出典元:THE ROLAND SHOW【公式】)
大学中退をきっかけに親に勘当されながらも懸命にホストとして売れるための道を模索。整形によって女性に好かれやすい見た目に一変すると共に色恋営業のテクニックを駆使して、歌舞伎町TOP10に入る売れっ子ホストになりました。けれども女性を泣かせる機会が度重なったため、ブランディングを一新する目的で源氏名を“ローランド”に変更したのでした。当時の上司から「ふざけた源氏名で売れるわけがない」「改名を認めない」と言われたものの、ローランドさんは自分のスタンスを貫き、ホスト界の帝王になりました。
まとめ
ローランドさんは小学校時代にサッカーの才能を開花させ、プロのサッカー選手になることが夢でした。しかし高校時代に自分の限界を知り、挫折を味わいました。その悔しさをバネに努力を怠らなかった結果、実業家としても成功したのでしょう。そんな人生経験豊富なローランドさんだからこそ言葉に重みが出て、彼の熱狂的なファン(通称:ローランダー)だけでなく多くの人に勇気を与えているかもしれませんね。










